社会人でのぜんそく

社会人でのぜんそく

大学生活の4年間もあっという間に終わり、淡々と過ごしていたぜんそくとの付き合い方も、ここで一区切りになります。

社会人になってからのぜんそくは、大学生のときと違って、ぜんそくに合わせて生活するわけには行きません。社会的な責任がかかわってきますので、ぜんそくだから休みますでは済まされないことも多くなってきます。

ぜんそくの方は、相変わらず、季節の変わり目と気圧の変化でぜんそくの発作が起きてくることは同じでした。
ただ、少しずつですが、ぜんそくにつながるパターンが自分なりにつかめている感じがしていました。

例えば、ぜんそくになりやすい季節の変わり目の時期で、その間に仕事の予定でどんなことがあっても休めない時などは、早めのぜんそく予防を無意識でやっていました。

一番簡単な予防は、風邪を引かないことです。風邪を引いて油断をしていると、簡単にぜんそく発作が起こって寝込んでいましたが、社会人になってからはその流れが分かっていたので、絶対に風邪を引かないように気をつけていました。

それでも、ぜんそくになってしまうこともありますが、その時は、開き直って気力で耐えながら、仕事を淡々とこなしていました。
「倒れるのはこの仕事をやり終えてから!」と自分に言い聞かせると、不思議なものでパワーが出てくるようで、ぜんそくで苦しいながらも乗り切ることが出来ていました。

その時、同時に思っていたことが、「もう二度と、こんな苦しい思いで仕事はしたくない!」でした。
そんな思いがあって、だんだんとぜんそくという病気と向かい合う自分が作られていった感じがします。

そんなぜんそくとのやり取りを繰り返しながら10年以上が過ぎ、その間に結婚し二人目の子供が妻のお腹に宿ったとき、朝のランニングを始めることを決意しました。

ランニングを始める動機は、二つありました。一つは、年とともに太っていく危機感からのダイエットのためでした。もう一つは、長男の幼稚園の運動会で父母リレーに参加するために、走る必要があったからです。

私としては、あの高校生のときの悪夢がありましたが、その高校時代と比べると、ぜんそくも大分落ち着いていて、ゆっくり走る分には問題ないと確信していましたんので、ランニングをすることを決意した次第です。

結果的には、2〜3キロの距離を、1キロ7分を切るぐらいのペースで走れるくらいまでになっていました。もちろん、長男の運動会は余裕で走れたことは、言うまでもありませんん。

その時思ったことは、高校生のときに走りきることが出来なかった悔しい思いを、この運動会で晴らした!といった感じです。

しかし、その数年後に、「第三波のぜんそく」がゆっくりと忍び寄っていたことは知る由もありませんでした。

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