喘息になった環境

喘息になった環境

私の喘息が、小さい頃から住んでいた環境によるものかどうかは定かではありませんが、少なくとも喘息になりやすい環境だったことは確かでした。

私が生まれたのは(昭和36年)、渋谷区の笹塚というところです。最寄の駅は徒歩20分のところにある「笹塚駅」で、新宿から京王線で4駅目という交通としてはとても便利なところでした。

住んでいた家は、環状七号線(環七)と甲州街道(20号)の交差する「大原交差点」から北に500mほど入った住宅街です。

私が小さいときは、「環七喘息」なんて言葉をよく耳にしていました。

大気汚染の代名詞とも言われる「光化学スモッグ注意報」なんかも、よくアナウンスされていた記憶があります。

そして、私自身が生まれたときから「アレスギー体質」を持っていました。重度のアレルギーではありませんが、幼稚園のときなど、蕁麻疹(じんましん)が良く出ていて、体中がかゆくなってボリボリかいていたことを覚えています。

喘息になった環境と言えるかどうかは分かりませんが、喘息になった要因としては、外的には「環七」、内的には「アレスギー体質」があげられると思います。

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