喘息と友達になる方法|私の「ぜんそく」体験記

喘息と友達になる方法!|私の「ぜんそく」体験記にようこそ!

『喘息と友達になる方法!|私の「ぜんそく」体験記』のサイトにようこそ!
このサイトでは、喘息と友達になる方法と私の「ぜんそく」体験記を、ノンフィクションで紹介しています。
私の「ぜんそく」体験記はもちろんですが、喘息と友達になる方法も私の経験から実際に私がやっている方法を紹介しています。

専門的なことを知りたい方は、喘息の専門的な知識や対処法の書籍がいろいろと出ていますので、そちらのぜんそく専門書籍を読んでください。または、ぜんそくの専門医が運営しているサイトを調べてみて下さい。

私がこのサイトで提供したいと思っているものは、喘息を抱えている本人とその家族に向けて、「一緒にがんばろう!」とメッセージを送っているつもりです。
喘息とはすでに40年以上の付き合いになっていますが、「喘息と友達になる。」とか、「ぜんそくとの付き合い方」とか、すでに聞いたことがあるコンテンツがあるかも知れません。

しかし、赤裸々な私の「ぜんそく」体験記を通して、何らかの勇気を感じてもらえたら、私がこのサイトを作った意義があったと思えます。

ぜんそく患者にとって、喘息とは一生付き合って行かなければなりません。 そんな方々のために、前向きに生きるための起爆剤になれたら幸いです。

喘息と友達になる方法


私の喘息が、小さい頃から住んでいた環境によるものかどうかは定かではありませんが、少なくとも喘息になりやすい環境だったことは確かでした。

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私の喘息は、生まれたときから始まっていました。 そして、小学校の4年生から中学3年生までは、喘息が治まっていた?時期になります。

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喘息との付き合い方は、人それぞれ、いろいろな付き合い方があるかと思います。 でも、基本になるのは、「喘息発作を誘発させない。」ことですね。

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私自身、今まで「喘息を治す」という感覚で喘息と付き合ってきましたが、喘息は直すのではなく「予防する」というのが正しいようです。

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「喘息は予防するもの」の記事の後半にも書きましたが、私の今のかかりつけの専門医は、40歳を過ぎてから出会いました。

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私が今服用している「喘息予防の薬」を紹介します。ただし、これはあくまで私の場合の「喘息予防の薬」となります。

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東京の大気汚染訴訟で、喘息患者に和解金が支払われるという「喘息訴訟」が勝訴しました。

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私のぜんそく体験記


私の「小児ぜんそく」で、思い起こす映像があります。それは、夜中で父と母が布団の上で起きています。その次に、車の後部座席で横になっています。そして、誰もいない病院の待合室で横になっています。これが、私の「小児ぜんそく」で思い起こす映像です。


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私の第一波のぜんそくは、小学校4年生まで続きました。幼稚園までは、蕁麻疹が良く出ていて体中をかいていました。それが、小学生に上がりと蕁麻疹はほとんどなく、ぜんそくがだけが良く出ていました。

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小学校4年生で始めた剣道が、中学生になってからは剣道部に入部するまでになりました。中学生になってからのぜんそくは、季節の変わり目で出てくる感じでした。とくに、春と秋に入るあたりに出てくる確率が多かったです。

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高校生のときのぜんそく、これが今までの私の人生の中で、一番暗い影を落とした時でした。そして、高校生になって目指していたものが音をたてて崩れていった瞬間でもありました。

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実は一浪しているので、本当であれば「浪人中のぜんそく」も必要かと思いましたが止めにしました。いずれにしても、高校生のときのぜんそくがあまりにも衝撃的だったので、それ以降のぜんそくは淡々と付き合っていたという感じです。

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大学生活の4年間もあっという間に終わり、淡々と過ごしていたぜんそくとの付き合い方も、ここで一区切りになります。社会人になってからのぜんそくは、大学生のときと違って、ぜんそくに合わせて生活するわけには行きません。

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「小児ぜんそくをした人は、ぜんそくが治まったしても、大人になって再発する。」とよく聞きます。そして、その時のぜんそくは、やはり強く出てくるとも聞いていました。そんなことが、40歳を過ぎた私に起こりました。

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